亀鶴山慶徳寺の不思議 龍の鱗の謎を解明!

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慶徳寺 龍鱗

亀鶴山慶徳寺の歴史

兵庫県河合中町に位置する亀鶴山慶徳寺は、実に650年以上の歴史を誇る寺院です。曹洞宗(禅宗)の一派に属し、その存在は応永8年(1401年)に遡ります。この地に寺院を建立したのは、河合城の城主であった上月出雲守。彼の意志と信仰心が、今もこの寺院を守り続けています。

曹洞宗とは、一言で言えば、禅宗の一派であり、独自の修行や教えを持っている宗派のことを指します。禅とは「静かに考える」という意味があり、心の中で静かに自己を見つめる修行を重視しています。


龍の鱗の伝説

この慶徳寺の中には、何と「龍の鱗」と呼ばれる宝物が保管されています。しかし、一体この龍の鱗とは何なのでしょうか。

伝説によれば、八ヶ池に住む龍が、慶徳寺を創設した僧、見芳和尚様の説法に心を打たれ、感動したことが始まりとされます。この龍はその後、人間に生まれ変わることを選びましたが、感謝の気持ちとして、自らの体から7枚の鱗を寺に残したと言われています。

例えるなら、これは私たちが大切な人にプレゼントを残すようなもの。龍が感じた感謝の気持ちを、具体的な形としてこの世に残したかったのでしょう。


本堂正面のカヤの木

亀鶴山慶徳寺の敷地内には、樹齢約600年とも言われるカヤの木が立派に生育しています。この木は見芳和尚様自らが手を添えて植えたと伝えられており、その姿は寺の歴史を物語っています。このカヤの木は、市の指定文化財(記念物)として認められています。

カヤの木とは、環境に対して非常に強い耐性を持つ木であり、日本の風土に合った、美しい緑の葉を持っています。この木を見ることで、時代を超えて繋がる歴史の大切さや、自然の力を実感することができるでしょう。


まとめ

亀鶴山慶徳寺は、650年以上もの長い歴史を持ちながら、今も多くの人々にその存在の価値や魅力を伝え続けています。龍の鱗の伝説や、600年以上生き続けるカヤの木など、ここには数々の不思議や魅力が詰まっています。

訪れる者それぞれが、この寺の歴史や伝説から何かを感じ取り、その思いを次の世代にも伝えていくことで、この寺の歴史はこれからも続いていくことでしょう。

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